2007.08.14 西から友来る
お盆ということで
友人と久しぶりに会いました。
彼女も教育関係の仕事をしているヒト。

話しているうちに「自分が担当している子たちって最近傾向がある」
ということで話が一致した。

その傾向は「質問をすると質問で返す」
「質問者の気に入る答えを探ることには一生懸命だけど
それ以外はない」

の二つ。

例えば

「そのメモはどんな役に立ってるの?」
と質問すると
「メモを取っちゃいけないってことですかね?」

とか
「メモをとらなくても覚えていなくちゃいけないってことですかね」
とか
酷いときには「忘れても覚えててくれるってことですよね」
とか

本当に本当に
これ最近の傾向。

そんなので悩んでいる上司のヒト
どうしていますか?

我々は取り合えずとことん質問して本人なりの回答をだしてもらっています。

友人曰く
「たぶん学生時代もそうやってのらりくらりとしているうちに教師があきらめるってパターンだったんだよね。自分で考えること一切しないってあるいみ怖いよ」

私もそう思います。

2007.07.27 研修なのか禅問答なのか……
研修の時にかなりの困ったちゃんがいます。

彼女とのカウンセリングはすでに哲学の域に達している。

「どうしてそうおもうの?」
「周囲がそういったから」
「うん 周囲の言うことをアナタはどうおもう?」
「その通りだと思います」
「でもそれって納得してない部分もあるんじゃない?だからなおらないんじゃないかな」
「そうですね・・・」

そして彼女なりの考え
「失敗する前に聞くようにしないといけないですね。突っ走ってしまうから」

あのねー

「突っ走るって
突っ走る前の人が自分で言う言葉だけど
現在進行形の人が「突っ走ってます!今」って意識してることってすくないとおもうんだけど」
「え?」
「だから、あなたの突っ走るは突っ走る意識がなくて走ってるんでしょう?だったらあなたの場合には気がつくと周りと違うところにいたってことだから突っ走ったって意識ないでしょう?だったらどこで人に聞くの?」


「あ……そうか」

本当に禅問答のようです……
2007.07.16 ささやかなよろこび
研修中です……
ささやかな
ささやかな喜びなのですが

ある日気がつきました。

スタッフたちがトークレッスンの時に私のところの直接来るのではなく
誰かを練習台にして、それからきているようなのです。

人によっては進歩がめまぐるしい人もいれば
「はあ〜」という人もいるのですが
でもきっと
研修とか人を育てるというのはささやかな喜びを大きく感じないとやっていけねえ


なんですかね

教育って「何度言ってもだめだ」ではなくて
「どのくらい単純な注意喚起を続けるか」
のほうが効果的で大変なような気がします
2007.07.03 涙がでちゃう♪
いやほんと
まじでまじで


毎日毎日
マラソンの併走の人みたいです。


人のモチベーション支えても魂吸い取られるかのような
疲労を感じても

すぐには結果がでない
本当にガーデニングのほうがよっぽどマシだと思います


ふー
2007.06.27 教育とはあきらめぬことナリ
本当にもう
ビリーだっていっている
「君を信じてるぜ!」

今教育をしている子たち
本当に遅遅とした歩み。

今日なんか
今日なんか

「大阪万博で 松下幸之助が指示したサービス」

の話を聞くこと
15回

話し方は要点 抑揚 それからなにを伝えたいのかを明確に
ハイどうぞ

といっても

「−−−でーーーでーーーなんですよーーーそれでーーーそれでーーー」

お経?

15回も話せば もう少しはこう
盛り上がりとか。、

ないのか
ないのか
ないのか

研修の目的はしっかり意識して
明日もあきらめずに続けよう

「ビクトリー!」